フランスの太陽王ルイ14世から 「王のワインにして、ワインの王(Vinum Regum, Rex Vinorum)」と称され、オーストリアのマリア・テレジア女帝、ロシアのピョートル大帝、エカテリーナ2世など様々な王侯貴族から愛されたトカイワイン。どのようなワインなのか、その歴史とともに紐解いてみましょう。
POINT
トカイワインとは?
トカイワイン(Tokaj)はハンガリーのトカイ地方で産み出されるワインです。トカイ地方は、首都ブダペストの北東に位置し、スロヴァキア国境と接する地域です。
この少々耳慣れないワインは、フランス王ルイ14世をして「王のワインにして、ワインの王」と言わしめた、歴史あるワインです。『世界三大貴腐ワイン』とも呼ばれ(他の2つはフランス ボルドー地方のソーテルヌ、ドイツのトロッケンベーレンアウスラーゼ)、最上級の極甘口ワインとして有名です。
なお、貴腐ワインとは、樹になったままのぶどうに「ボトリティス・シネレア」というカビが付着し、果皮に小さな穴を沢山開けてしまった後、ぶどうの果実の水分が蒸発して干しぶどうのようにエキスと糖分が凝縮された状態のぶどうを使ってできる、甘口ワインです。
※ただし、トカイワインには後述の通り貴腐ワイン以外も含まれます。
ハンガリーのワインの歴史
トカイワインの説明の前に、ハンガリーのワインづくりの歴史についても簡単にご紹介しておきます。
ハンガリーでは、ワインは“bor”と呼ばれます。これは、ラテン語でワインを表すvinumとは異なる起源をもつ言葉です。つまり、古代ローマ人がぶどう・ワインを伝える前に、ハンガリーにはぶどう栽培やワインづくりの基礎があったことを示しています。
ハンガリーでは紀元前からぶどう栽培が行われていました。その後、古代ローマ人が本格的なぶどう栽培を伝え、西暦1,000年にはキリスト教王国であるハンガリー王国が成立。ぶどう栽培とワイン生産もそれにともない拡大しました。
その後、16世紀〜オスマン帝国の侵入、占領、17世紀末にはオーストリア帝国への割譲、19世紀後半にはぶどう害虫であるフィロキセラの大量発生によりぶどうの栽培面積が激減。20世紀にはソビエトの支配により、質よりも量を重視したワイン産業の国営化が推し進められた結果、約40,000haの歴史的なワイン用ぶどう畑が失われるという悲劇も起こりました。
このような紆余曲折を経て、1989年の第三共和国成立以降、伝統的なワインづくりの復活や、特にトカイ地方における外国資本の投資による近代的なワインづくりの導入が行なわれ、品質向上が進んでいます。
トカイワインの歴史
トカイの貴腐ワインの歴史は、有名な逸話が残されています。
1650年ごろ、この地域をオスマン=トルコ軍が侵略したため、例年よりもぶどうの収穫が遅れてしまいました。ようやく収穫できたときにはぶどうにカビが生えてしまっていましたが、諦めきれずにそのぶどうを使用してワインを作ったところ、素晴らしい甘口ワインができた…と言われています。
つまり偶然による産物だという一説ですが、実はさらに古い1550年代にはすでにトカイの貴腐ワインについての記述が残されています。トカイの貴腐ワインの歴史がいつから始まったのか正確にはわかりませんが、世界でいち早く原産地呼称制度を導入した地域(1737年)であることは間違いありません。
その背景にあるのは、トカイワインの名声を利用しようと、ほかの国のワイン生産者が「トカイワイン」を自分たちのワインの名称として使用するという事態が起きていたということです。ある意味、当時のトカイワインの人気を裏付ける出来事と言えるかもしれません。
『トカイワイン産地の歴史的文化的景観』は、2002年にユネスコの世界遺産に登録されています。
なお、2004年に、トカイワインの生産エリア北部のスロバキアにまたがる部分で生産された貴腐ワインも、トカイワインの呼称を用いることができるというEUの採決がなされました。
トカイワインの特徴
それでは、トカイワインの特徴を詳しくご紹介します。
トカイワインの種類とその味わい
トカイワインといえば、甘口の貴腐ワイン! というイメージが強いのですが、実は辛口タイプも存在します。
①トカイ エッセンシア(Tokaji Eszencia)
貴腐ぶどうのみを使い、フリーラン果汁(果実を破砕するときに自然の重みで搾り出された果汁)を自然発酵させたワインです。
アルコール度数は5パーセント程度。
残糖度は最低450g/l、通常500g~700g/l(年によっては900g/lを超えることも)と非常に高く、グラスで飲むのではなくスプーンで一口飲む…という飲用スタイルをとります。
500mlのボトルを2本生産するのに1ヘクタールのぶどう畑が必要とも言われ、100年以上の熟成に耐えうると言われる非常に貴重なワインです。
②トカイアスー(Tokaji Aszú)
貴腐ぶどうと、貴腐化していないぶどうの両方を用いてつくる貴腐ワインです。一般的に、トカイワインといえばこのトカイアスーを指します。それぞれの果汁を一次発酵した後にブレンドします。
ワイン法により、樽熟成と瓶熟成を合わせて最低3年、樽熟成は最低18ヶ月が義務付けられ、収穫年から3年後の1月1日までは出荷できないという厳格なルールが定められています。
「プットニョシュ(puttonyos)」という独自の単位が使われ、現在は5プットニョシュと6プットニョシュの2つのランクが存在しています。「プットニュ」とは、収穫した貴腐ぶどうを醸造所に運ぶための26kg入りの背負い桶のこと。このプットニュ何杯分の貴腐ぶどうをワインの樽(ゲンツィと呼ばれる136l入りの樽)に加えるかによって、ランク分けがされています。
かつては3プットニョシュ(残糖度60g/l以上)〜6プットニョス(残糖度150g/l以上)の4段階が存在しましたが、2013年にトカイアスーの基準が改正され、残糖度が120g/l以上が要件として求められるようになったため、3、4プットニョシュは廃止されました。これは、低位クラスのトカイアスーを廃止することで、アスーの品質イメージの向上を目指したものですが、市場からは反発もあったようです。
「*アスー・エッセンシア」という等級も存在しましたが、こちらも2013年に廃止されました。
*6プットニョシュを超える残糖度(180g/l以上)のトカイアスーを指す 。
③サモロドニ(Szamorodoni)
「サモロドニ」とは、スラブ語で「自然のままに」を意味します。これは、貴腐ぶどうの粒と貴腐化していないぶどうの粒を選別せず、房ごと収穫したぶどうを用いて作られるワインです。発酵も、自然に酵母が活動を止めるのに任せる伝統的な手法がとられています。そのため、ヴィンテージによって品質が左右されます。
貴腐ぶどうの割合によって、辛口〜甘口タイプまで作ることができます。辛口のものは「サーラズ(Száraz)」、甘口のものは「エーデシュ(Edes)」と表記されます。
残糖度が30g/l以上のものは「サモロドニ・スイート」と表記することができます。
その他のトカイワインは以下です。
・フォルディターシュ(Forditás)
フォルディターシュとはハンガリー語で「ひっくり返す」という意味で、トカイアスーの生産に使った貴腐ぶどうの二番絞の果汁にマストを加えて再発酵させて作る甘口ワインです。
・マーシュラーシュ(Máslás)
こちらは、アスーやフォルディターシュの搾り滓に、マストかワインを加えて再発酵させて作る辛口タイプのワインです。
・トカイ ドライ・ワイン(Tokaj Dry Wine)
近代的な製法・醸造設備でつくられた、辛口タイプのワインです。トカイ地方は火山性土壌のため、テロワールを活かしたミネラリーな辛口ワインづくりにも向いています。
貴腐ワインに比べると天候に左右されづらく、市場に出荷するまでの期間も短くて済むため、多くの生産者がドライタイプのワインづくりにも取り組んでいます。
トカイワインのぶどう品種
トカイワインに使用されるぶどう品種は、主にフルミント(Furmint)です。フルミントから作られるワインは、明るい色調と輝きの強さが特徴です。甘口ワインは色調が濃くなります。
香りは柑橘やアプリコット、味わいは酸味が非常に豊かでフレッシュさのあるワインになります。
その他のぶどう品種はハールシュレヴェルー、シャールガムシュコターイなどで、単一品種で醸造する場合とブレンドして作る場合があります。
トカイワインの楽しみ方
ここでは、貴腐ワインのトカイアスーを前提に、その楽しみ方についてご紹介します。
トカイワインを飲む温度
一般的に、ワインは温度が上がればより甘みや香りが感じられ、温度が下がれば酸味を感じやすくなります。トカイワインの場合は、6〜8℃を目安に、よく冷やした状態で飲むことで、貴腐ワインならではの芳醇な甘みを程よく楽しむことができます。
香りを楽しむためには常温のほうがよいのですが、その場合甘さが際立ちすぎてぼんやりした味わいになってしまうので、温度には注意が必要です。
飲むタイミング
甘く濃厚なトカイワインは、デザートワインとして食後に楽しむこともできますし、相性のよい食べ物となら、食事に合わせるのも良いでしょう。
合わせる料理
トカイワインに合わせたいのは、なんといってもフォアグラです。ハンガリーはフランスと並び世界トップクラスのフォアグラ生産国であり、日本に輸入されているフォアグラの多くもハンガリーから輸入されています。フォアグラのこってりとした濃厚な味わいに、トカイワインの芳醇な甘さがぴったりと合います。
その他、青カビタイプのチーズに合わせても、チーズのクセをトカイワインが甘く包み込む素晴らしい組み合わせになりますし、
デザートとして食後にいただく場合は、シンプルなバニラアイスに合わるとそれぞれの香りが引き立ち、相性が良いです。
おすすめのトカイワイン
日本への輸出量はそれほど多くありませんが、入手しやすいものでおすすめのトカイワインをご紹介します。
① St. Stephan’s Crown Tokaji Szamorodni Edes
(サン=ステファンズ クラウン トカイ サモロドニ エーデシュ)
サモロドニタイプのトカイワインです。2015年ヴィンテージは、アプリコットやピーチ、蜂蜜の香りに、甘くなめらかな飲み口、長く続く余韻が特徴のEdes(Sweet)タイプのワインです。
価格も2,000円台と手を出しやすく、トカイワインを初めて試される方におすすめです。ワインは苦手、という甘党の方にも美味しく飲んでいただきやすい1本かと思います。
②Tokaji Aszu 6 Puttonyos DOBOGO
トカイアスーの6プットニョシュタイプのワインです! フルミント、ハールシュレヴェルー、シャールガムシュコターのブレンドから作られ、30カ月熟成させた、アスーの中でも最上級のクラスに当たる、極甘口ワインです。
アプリコットやマンゴーのような甘くトロピカルな香り、バナナ、ナッツといった発酵・熟成による香りが複雑に重なります。
味わいは、極甘口の濃厚な甘さにぶどう由来のフレッシュな酸が絶妙なバランスを与えています。甘口ワイン好きの方は、特別な日のディナーに合わせてみてはいかがでしょうか?
以上、トカイワインは他の地域とは異なる形で種類がいくつもに分かれており、わかりにくいと思われる方もいるかもしれませんが、まずはデザートワインとして気軽にお試しください!
■参考文献
・ワインテイスティングバイブル
・2019年 ソムリエ教本
記事内容は記事作成時点の情報となります。
飲料のブランディングや広報を経験後、J.S.A認定ソムリエ資格を取得。現在は都内で酒類・飲料メーカーに勤務。
知識ゼロから一発合格を果たした経験と歴史・文化の知識を活かして、ワインをわかりやすく解説します。