今日は、なにノムノ?
今日は、なにノムノ?

ブドウの天敵「フィロキセラ」とは? ワインの歴史を変えた害虫のはなし

ぶどう

「フィロキセラ」という言葉をご存知でしょうか? 世界のワインの歴史を変えたお話をご紹介します。

フィロキセラって何?

Phylloxera
Photo by cathdrwg on Flickr

日本では「ブドウネアブラムシ」と呼ばれる害虫です。ブドウの木の葉や根元に寄生し 、コブのようなものを作ります。樹液を吸い取り自分の栄養として、木を枯死させてしまう恐ろしい虫です。

ブドウの病害はいくつかありますが、有名なものではべと病やうどんこ病があります。これらは薬剤などで対策が取れるのですが、フィロキセラは葉だけでなく土中の木の根に寄生する為外部からの除去が困難で対策が遅れてしまい、世界中に被害が拡大してしまったという悲しい歴史を持っています。

フィロキセラが世界に広まった歴史

発端は1862年、南フランスのワイン商がアメリカ・ニューヨークからぶどうの樹を輸入し自分の畑に植えたことに始まります。そこから約10年間で被害はフランス全土に拡大し、ついにはヨーロッパ全域にも伝播しました。これでヨーロッパ全土の約2/3の畑が壊滅させられてしまったのです。

薬で駆除できない!? どのようにフィロキセラと戦ったか

先述の通り、カビ系のブドウ病害には薬剤で対処が取れるのですが、薬の効かないフィロキセラにはどのように対処したのでしょうか。いくつか対策方法はあるのですが、最もポピュラーかつ世界で実践されている方法は「接木する」というものです。具体的にその方法について解説します。

接木によるフィロキセラ対策

フィロキセラがもともと生息していたアメリカでは被害が出ていないことに着目し、アメリカ系の品種の木を接木するという対策が取られました。接木とは人為的に切断された2つの木を1つの木にするというものす。2本の木のうち、土台になる方は「台木」、上になる方は「穂木」と呼ばれます。フィロキセラは根に寄生するので、台木をフィロキセラに耐性のあるアメリカ系品種の木にするという対策がなされました。このアイディアは瞬く間に広がり世界中で実践されました。農薬を使うことなく病害対策ができるというのは素晴らしいことですね。

台木品種

世界でワイン用に利用されるブドウはほとんどがヴィティス・ヴィニフェラ種に属しています。この品種はワイン醸造に適していますが、フィロキセラ耐性をほぼ持っていないということで、台木部分をアメリカ系品種に接木するという方法が広まったと先述しました。この台木に、3大台木原種と呼ばれるものがあります。

「リパリア種」・「ルペストリス種」・「ベルランディエリ種」の3品種です。

そして穂木であるヴィニフェラ種との接木の成功率を上げるため、台木の3原種にヴィニフェラ種を交雑したものもあります。有名なものでAXR#1というものがあります。

アメリカでの影響

アメリカのカリフォルニアでは特にAXR#1が用いられていました。しかし1983年にカリフォルニアのナパで「バイオタイプB」という新種のフィロキセラが発見されました。AXR#1はバイオタイプBへの抵抗力がないことが判明し、かなりの広さの畑の改植が余儀なくされました。 

日本への影響

日本へは1882年に、農商務省三田育種場がアメリカから輸入した苗木にフィロキセラが寄生していました。そこから日本各地へ広がり壊滅的な被害を受けました。

この危機を救った1人の日本人を紹介します。当時、山梨県農事試験場にいた神沢恒夫氏です。同氏はなんと20年かけてフィロキセラと戦ったのです。海外の台木品種37品種についての接木適性を研究し、「甲州」などの日本固有のブドウ品種に高い適性を有する優良台木5品種を選定しました。また、接木方法や、被害成木の回復方法なども開発改良にも努めました。

希少性の高いプレ・フィロキセラ

フィロキセラに犯されず、生き残ったブドウ樹は「プレ・フィロキセラ」と呼ばれます。有名なものではシャンパーニュ・メーカーの「ボランジェ」が生産する「ヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズ」があります。

シャンパーニュにおけるピノ・ノワールの聖地「アイ村」にありボランジェが所有する「ショード・テール」「クロ・サン・ジャック」という2つの区画のブドウから生産されます。

伝統的な栽培・醸造方法を用いて生産され、他のシャンパーニュとは比較対象にさえならないとも言われる唯一無二の名品です。

また、フィロキセラ被害を受けていない産地が世界ではいくつかあります。

チリは国全体が海と山に囲まれ隔離された厳しい環境のため、フィロキセラの侵入がありませんでした。

その他では、現在注目を集める産地であるギリシャの「サントリーニ島」も、フィロキセラが生息していません。

南オーストラリア州も同じくプレ・フィロキセラの産地として知られています。世界の有力産地から離れていたことと、検疫規制が設けられたことにより、現在もフィロキセラから守られ、自根のブドウ樹が存在しています。

フィロキセラがワイン産業に与えた影響

メルローの葡萄畑
メルローのぶどう畑

前述の通り、フィロキセラは1860年代に突如現れ世界のワイン産業に大打撃を与えました。しかし、フィロキセラ襲来により、現在の高品質なワインが生産される契機となった一面があることも否めないのではないでしょうか。

フランス・ボルドー地方の赤ワインというとカベルネ ・ソーヴィニョンやメルローが主流ですが、以前はマルベックが多く植えられていました。フィロキセラ対策で植え替えられたという歴史があるそうです。

ボルドー地方だけでなく、ロワール地方でも似た歴史があり、プイィ・フュメというソーヴィニョン・ブランの名産地では以前はピノ・ノワールが栽培されていました。

世界各地で病害対策を講じたことによりワインの品質向上の一端になったのではないでしょうか。

また、チリでは国全体でフィロキセラ被害がなかったということで、世界の栽培家や醸造家がチリに渡り、これによりチリワインの品質向上に大きく寄与したという歴史もあります。

おさらい

それでは最後に、フィロキセラについておさらいしましょう。

●フィロキセラとはブドウの樹に寄生する害虫

●1860年代から世界のブドウ畑に壊滅的なダメージを与えた

●台木をアメリカ系品種に替えることで対策をとった

●チリやギリシャのサントリーニ島、南オーストラリア州ではフィロキセラが生息していない

如何でしたでしょうか。ワインの魅力のひとつに、歴史と密接に関わっている点があると思います。このような小さなトピックでも、知っているだけでワインライフは豊かになっていくはずですので、ぜひ参考にしてみてください。

記事内容は記事作成時点の情報となります。

ソムリエ柴田 郁也(Shibata Fumiya)
ソムリエ柴田 郁也(Shibata Fumiya)

フランス料理店勤務時にソムリエに憧れ勉強を始め、23歳で日本ソムリエ協会認定ソムリエを取得。都内のミシュラン星付きのフランス料理店やビストロを経て現在中目黒B.B.S.DINING.にてソムリエとして勤務。